千寿七福神を巡る町歩きです。一度ゆっくり散歩してみてください。
3時間くらい見てください。
本氷川神社

【大黒天】

鎌倉時代の徳治2年(1307年)に今の千住曙町に創設された牛田氷川神社が本神社の発祥です。
江戸時代初めに地元の有志によって千住宿北組三丁目の現在地に分社が造営され、荒川放水路の開削によって移転させられた本社を合祀し、今日の姿となりました。
今の本殿は昭和45年の落成で、それまでの旧社殿は千住七福神の一つ大黒様を祀るお宮として今日でも親しまれています。


八幡神社

【毘沙門天】

千住宮元町のこの神社は国道4号線に面したやや小さな神社です。
八幡太郎源義家が永承5年(1050年)に千住に滞陣した時、本陣を二ツ森(今の千住神社)において、
この地に白幡をたてたといわれます。
その時神前に奉納された扇を祀ったのだ当社の始まりとされます。
鳥居は明治41年のもの、石標は昭和8年のものです。
新七福神を毘沙門天を祀ります。


氷川神社

【布袋尊】

鎌倉時代の永仁年間(1293年)の創建で氷川、稲荷、浅間の三社からなり安養院がその別当寺でした。
その頃は旧日光街道をはさんだ北側にあり、そこが大正年間荒川の河川敷に指定されると現在地へ移転させられました。
昭和43年に現本殿に落ち着いたといいます。境内には現在では唯一公開されている富士塚があります。
また旧千住新橋の橋柱が保存されています。
新七福神で布袋尊を祀ります。


千住神社

【恵比寿天】

平安時代の延長4年(926年)、千崎稲荷として祀られたのが始まりで、元寇の役の直前弘安2年(1279年)に氷川神社が勧請されました。千住宿が出来るまでは二ツ森といわれ、出来てからは宿の西にあったので、西森さまと親しまれました。
明治になると両社を合併し西森神社とし大正年間千住神社とし社格は区内で最高の郷社でした。
現本殿は昭和33年の造営です。
七福神の恵比寿神を祀っています。


稲荷神社

【福禄寿】

千住青果市場の産土神で明治39年に建てられた設立三百三十年記念碑があります。
当社の起源はその頃市場に祀られた小祠でしょう。
大正四年(1576年)頃の創建となります。
橋戸町から河原町が分離するとその鎮守となり江戸後期に社殿が整備されましたが戦災で消失しその後国道四号の拡幅で社地を大幅に削られました。
現社殿は昭和41年のものでその後境内整備をし現在に至っています。
新七福神で福禄寿を祀ります。


氷川神社

【弁財天】

石出掃部亮が千住の南に広がる湿地を開発して町にした時その鎮守とし勧請したのがこの神社です。
江戸時代中頃迄に名所図会にも描かれた関屋天満を境内に引き取り今日に姿になりました。
名所図会には天満宮の梅林が描かれていいます。(今はなし)
境内にあった弁天池の中島に祀られていた弁財天が七福神の一つになっています。


元宿神社

【寿老人】

もとの元宿の集落は千住宿の位置が定まると安養院が五丁目へ遷った他は大部分が四丁目へ移転しました。
元宿の開発からこの移転その後荒川の河川敷に指定され多くが離村するに至る経緯については 境内にある感旧碑に詳しく述べられています。
江戸以前からあった八幡神社も四丁目氷川神社に合祀されていたのですが昭和五年地元の稲荷神社と合わせて分離独立し今日の元宿神社となりました。
新七福神で寿老人を祀ります。